水道管の中を歩く

流れていく

吉祥寺

昨日は写真を撮るために吉祥寺まで行ってきた。

 

今年に入って漫画を描くようになったので、背景になるような街並みの絵を描く必要が出てきた。想像で描くのは私には無理で、自分で撮った資料写真を元に書き起こしている。

ずっと漫画を描いていると、初めはとにかく嫌だった背景や主要キャラ以外の人物、敵や書き文字なんかも楽しくなってきた。描けば描くほど工夫できる部分がわかるようになってきて、嬉しい。バイトに出かけて仕事をしている間も、家に帰ったら漫画を描けると思うと心が楽になる。私にはやりたいこと、やるべきことがあると思うと生きていていいような気がする。

 

しかし、家に帰ってきて撮った写真を確認すると枚数が少ない。たくさん撮ったと思っていても40枚くらいしかなかった。元々写真を撮るということが得意でなく、ガラケーの時代から画像フォルダには自分で撮った写真よりもネットから保存した画像の方がずっと多い。どこを切り取ればいいのかという理想がないから、なんとなく遠景で撮ってあとで加工なりすればいいだろうと思ってしまうのもある。資料写真はあればあるだけ良いもので、もっとたくさん撮りたいのになと思う。

 

写真が苦手なのにはふとしたときに撮った写真に写りこむ大量の情報から、自分の素性が明るみに出るのではないかと思うのも一因だ。身バレというのを極度に怖れている。

神経症持ちだからか、ネットに絵や漫画や文章をあげることに強い不安を覚える。何度も確認して、不安要素を排除してからでないと投稿ができない時期もあった。もうネットに上げなければいいのに、と周りからは言われるけれどネットくらいでしか話せないので止めることはないと思う。

私はとにかく日常で愚痴や悪口、呪詛を吐く人が嫌いだ。芸人さんのように、面白おかしく話してくれるならまだしも。ただただ純粋に人を傷つけるようなことを、本人ではない人に話すその様を見ているのがつらい。だから私もなるたけしたくない。でも愚痴や、内面に対する失望や諸々が湧いてくるときもあり、それをネットに放流している。誰も傷つかないんじゃないかと思い込んでいる。でもきっとそれも違うんだろうな、多分それで私は私を傷つけてるんだろうな。

 

今日はこれから漫画を描き始めて、夜になったら出かける。忘年会的なものに行って話をする。楽しい話ができると良い。