水道管の中を歩く

流れていく

ゲームお好きですか

  ゲームにまつわる最初の記憶は4歳のときのものだ。年の離れた兄がやっている「妙なもの」を見たくて大泣きする私と、一人になりたい兄との攻防。母の介入による休戦。私は晴れて兄の後ろでテレビ画面を見ることを許された。
  そのゲームは今でも根強い人気のある『バイオハザード』(無印)だった。母はそれがホラーゲームだと知らなかったんだろうな、怖がりで夜泣きの激しい私に見ることを許したのだから。しかし記憶を遡ってもゲーム中に恐怖を感じた覚えはないのだ。あるのは窓の割れる音と共に現れる犬の記憶。(ゾンビ犬だが)
兄がゾンビ犬と戦っている間、私は床に落ちていた綾波レイのイラストを見て(とても素敵)と思っていた。
  当時はゲームより絵に興味があった。
 
  プレイステーションといえば、私の記憶にこびりついているのは起動音だ。ドゥルーーーンッティーンチンヴォーンーー。あの音が怖くて私は泣いたことがあるし、あの音が怖くて10歳になるまでプレイステーションをひとりで触れなかった。調べるとあの起動音が怖いと言っている人は一定数いるようで。ホラな、とは思う。当時ゲームってやっぱりアングラな空気っていうかあんまり楽しいものに見えてなかったんだよなぁ。
 
  その後、ゲームを自らやってみたいと思ったのは『ポケットモンスター赤・緑』が我が家にやってきてから。兄のものだったけど、兄が学校に行っている間そっと触ってみたりしてウニウニとお医者のマーク(十字キー)を押すと動くのが面白くて、ひたすら歩いていた記憶。兄に見つかってものすごく怒られた気がする、気のせいかな。
  発売から10年くらい経って何気なく起動してみたら、図鑑がアーボ以外埋まってて驚いた。兄はやり込み派だったのか。ちなみに兄のソフトは緑で、アーボは出ない。交換してくれる友達いなかったのかな…と私が悲しくなって電源を落とした。
 
  自分の専用ハードを初めて買ってもらったのはNINTENDO64だった。兄はソニー派だったので、ゲームボーイ以外の任天堂製品はその後私が全て集めるようになる。初めてのソフトは多分『ゼルダの伝説 時のオカリナ』。難しすぎて早々に投げ出した。兄がクリアしてた記憶はある。私のものは兄のもの…。
 
次に買ってもらったのは『ピカチュウげんきでちゅう』。これ当時めちゃくちゃ入手困難だったんですよ。クリスマス商戦にぶっこまれたソフトだから親御さんたちの争奪戦で。私の父も母も都内を走り回ったらしい。サンタさんの手紙に下さいって書いてたらしいけど記憶ない。音声認識は画期的だった、翌年にドリキャスシーマンが出るから先駆けだったんじゃないかな。でもクリアの仕方が分からなくて、ひたすらピカチュウに林檎ぶつけてた記憶しかない。話しかけまくってたけど精度はそんなよくなかったと思う。
 
  それで『大乱闘スマッシュブラザーズ』。結局これに行き着く。アホほどやったな。ピカチュウカービィ使いでした。
  そんなに強くなかったから友達と結託して強い奴を狙ったり、強い奴同士をけしかけて戦わせているうちにアイテムを総取りして攻撃したり、かなりセコイ戦い方で戦歴をあげてた。これが原因で喧嘩してる友達とかいたし、このゲームで仲良くなった奴もいる。「えー、おまえファルコン使いなの!?ダサ〜い!」ファルコン人気なかったなぁ。小学生にはムキムキすぎたか?
 
  ゲームの記憶って無尽蔵にある。ゲームが好きだったんじゃなくて、友達とするゲームが好きだったんだなって気づいたのが中学のとき。それからほとんどやらなくなって、ここ最近「ねこあつめ」で庭に通ったり、「Gouds」で神になったりしてる。進捗をLINEで友達に送ったりしてさ。結局私はゲームを通したコミュニケーションにしか興味がないのかもしれない。
 
  でもゲームには、もっと楽しくなってほしい。ひとりでも、どんなに辛いときでも、ゲームがあれば生きていけるって思わせて欲しい。フランダースの犬で、ネロが絵の前で幸せそうな顔して死ぬじゃん?ゲームってあの絵みたいになれると思う。人を幸福にして、見たいって焦がれさせて、人生めちゃめちゃにする力があるんだよ。
  
  私はそんなゲームに早く出会って取り殺されたいです。